苗木城

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苗木城・歴史・観光・見所
苗木城概要: 苗木城の築城は天正年間(1573〜92)、遠山直廉が築いたのが始まりと伝えられています。この地は武田領と織田領に接する軍事的な要地で遠山三人衆と呼ばれていた岩村城遠山家と明智城遠山家、苗木城遠山家は常に両家との間で微妙な関係を保っていました。特に直廉は、織田信長の妹を正室として迎え、娘は一端、織田信長の養女となり武田勝頼の正室になるなど微妙な血縁関係を築きました。武田家と織田家の関係が悪化すると当初、岩村城が織田方の甲斐侵攻の拠点となりましたが、武田家家臣秋山信友によって攻略されると苗木城が織田方の重要拠点となりました。天正10年(1582)、本能寺の変で織田信長が死去すると、東美濃の多くの国人領主が織田方から離反、当時の領主遠山友忠はその中心的な存在で、織田家家臣で金山城城主森長可と対立、一度は苗木城で撃退したものの、翌年天正11年(1583)、体勢を整えた長可により落城し、友忠は三河に落ち延び徳川家康の支配下に入ります。豊臣秀吉の政権下に入ると河尻直次が苗木城の城主となりますが、関が原の戦いの際、友忠の子遠山友政は徳川方として苗木城攻防戦に参戦し、見事苗木城を奪取、その功が認められ徳川政権下では再びこの地の領主に返り咲き苗木藩を立藩しています。通常、城持大名は2万石以上でさらに格式の高い大名に限られましたが遠山家は1万500石程度で異例とも言える格式を持ち城の規模も1万石程度とは到底考えられない規模を持ちました。城の外壁が白漆喰に仕上げられないのは木曽川に住んでいる龍の仕業という伝説がある一方、財政難や幕府に対しての遠慮があったとも考えられます。苗木城は標高426mの高森山山頂付近に築かれた山城で石垣を多用しながらも自然に露出した巨岩を利用した為、不正形な縄張りを持っていました。建物もその巨岩を加工した上に城郭では珍しい懸造りの建物が軒を連ねる特異な構造をしていました。明治4年(1871)に廃城になると城の施設は破却されましたが、郭の形状や、石垣、堀などが明確に残り国指定史跡に指定されています。
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苗木城
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