飛騨街道・町並み

  岐阜県:歴史・観光・見所(ホーム)>飛騨街道
項     目 場  所 備  考
・太田宿 ・岐阜県
・美濃加茂市
太田宿は江戸時代初期に中山道が開削された際に宿場町として成立した町です。当初は幕府直領である天領で、奉行である大久保長安が管理し、慶長15年(1610)には太田の渡しの船頭に対して屋敷を安堵する文書が発布されています。太田宿は中山道の宿場町であると同時に飛騨高山陣屋(江戸時代初期は高山藩の藩庁が置かれた高山城)とを結ぶ飛騨街道、郡上藩の藩庁が置かれた八幡城とを結ぶ郡上街道が分岐する交通の要衝として重要視されました。又、「太田の渡し場」は「木曽のかけはし 太田の渡し 碓氷峠がなくばよい」と詠われた中山道三大難所の1つで、軍事的にも重要だった事から江戸時代後期に尾張藩領になると、尾張藩太田代官所が設けられ、藩士が派遣されました。明治時代から昭和初期にかけて小説家、評論家、翻訳家、劇作家として活躍した坪内逍遙は太田代官所の手代の末子で、幼少期は太田宿で過ごしています。現在でも、脇本陣を担った林家住宅が残されて国指定重要文化財に指定されています。
・下呂温泉 ・岐阜県
・下呂市
下呂温泉は草津温泉と有馬温泉と共に日本三名泉に数えられる名泉として知られています。温泉街の郊外にユネスコの世界遺産に選定されている白川郷から合掌造りの旧大戸家住宅(弘化3年:1846年建築、間口24.96m、奥行251.337m、切妻、茅葺屋根、国指定重要文化財、棟札附:国重要有形民俗文化財)、旧遠山家住宅板倉(文化7年:1810年建築、桁行5.454m、梁間4.545m、切妻、茅葺、国登録有形文化財)、旧岩崎家住宅(江戸時代中期建築、桁行16.715m、梁間9.144m、切妻、妻入、茅葺、国登録有形文化財)など10棟の古民家が移築され名所となっています。又、下呂温泉の温泉街は江戸時代には飛騨街道も宿場町でもあり、往時は旅人や商人にも利用され大いに賑いました。
・高山宿 ・岐阜県
・高山市
・三町
・飛騨高山は天正16年(1588)に豊臣秀吉に従った金森長近が高山城を築城し、その城下町として整備発展した町です。江戸時代に入ると長近は高山藩を立藩、城下町は藩都として再整備されさらなる発展を遂げました。元禄5年(1692)に金森氏が上山城に移封になると、幕府直轄領となり麓に天領陣屋が設けられ、城下町時代の町割が略踏襲されました。高山陣屋は飛騨国の天領を統括する立場にあった為、高山には多くの物資が集積され経済的にも発展し多くの豪商を輩出しています。現在でも当時の町並みが色濃く残り、国重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。
・高山宿 ・岐阜県
・高山市
・下二之町
・大新町
・歴史的な背景は高山市三町と同様、金森氏が築いた高山城の城下町、その後の天領陣屋の陣屋町として整備発展した町です。下二之町大新町には飛騨国と越中国とを結ぶ越中街道、中山道の太田宿とを結ぶ飛騨街道が通された為、街道沿いに商家町が町割され発展しました。現在でも街道沿いには良好な町並みが残り、特に明治時代に建てられた町屋建築の中でも最高峰と称される日下部家住宅吉島家住宅は国指定重要文化財に指定されています。
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