禅蔵寺(池田町)概要: 佛厳山禅蔵寺は土岐頼忠(後の5代目美濃国守護職)が覚源禅師(俗名:平心處斎、鎌倉〜室町時代の名僧)を召還し延文元年(1356)に創建されました。土岐家の菩提寺として寺領500石を寄進するなど歴代土岐家が庇護し、境内には三重塔又は多宝塔が建立され最盛期には末寺16ヶ寺を擁する大寺院となり寺運も隆盛しました。
天文21年(1552)、斎藤道三の台頭により土岐家が没落すると庇護者を失い、さらに天文年間(1532〜1555年)、織田信長の兵火により焼失したことで衰退しました。
江戸時代に入ると大垣城に配された大垣藩主戸田家から庇護され寺領を安堵されましたが往時には至りませんでした。
境内には土岐頼忠(美濃国守護職)、土岐頼益(美濃国守護職)、玉洞院殿智山性彗大師(頼忠の母)、六之井太郎左衛門康忠(土岐頼名の長男)、六之井太郎左衛門康信、智足院殿霊渓妙公大姉など10基の宝篋印塔(墓碑)が建立され「土岐頼忠並びに一族之墓」として岐阜県指定史跡に指定されています。
本尊である木造地蔵菩薩座像は禅蔵寺が創建した14世紀半ば頃に製作されたと推定される仏像で寄木造、玉眼、結跏趺坐、現在は秘仏で毎年8月24日に御開帳され池田町指定文化財に指定されています。三重塔又は多宝塔の基壇跡とされる石積は「坂本積」と呼ばれ、雨水が石垣の隙間から滲み出て苔が生えやすいように工夫された貴重なもので池田町指定史跡に指定されています。
禅蔵寺は寺宝が多く土岐頼忠が筆したと伝わる鷹の絵と土岐頼忠所持品が池田町指定文化財に指定されています。推定樹齢650年、樹高約10m、幹周2.4mの広葉杉が池田町指定天然記念物に指定されています。宗派:臨済宗妙心寺派。本尊:釈迦牟尼。
禅蔵寺:上空画像
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