白川郷: 荻町合掌集落

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白川郷荻町合掌集落:概要 白川郷では江戸時代に入ると養蚕業が盛んになり、奈良時代から続くという大家族制度がそのまま世襲された事で住居が飛躍的に大型化し気候風土に適した合掌造りが発達しました。荻町合掌集落白川郷は豪雪地域の為、雪が屋根に積もらないように急勾配(合掌造りの屋根は60度)とし、養蚕や煙硝生産の作業を行う為、一般的には屋根裏部屋に当たる階を重層にして4階建や5階建といった大型民家も随所に見られます。又、他地域が江戸時代に廃れたとされる大家族制度が明治時代に近代化の波が来るまで引き継がれ地域として知られています。白川郷の大家族制度は一般的に分家を認めず、長男だけが嫁を貰い子供をつくる事が出来る制度で、次男以下は他家の嫁に行かない女性と内縁を結び、出来た子供は女性の家族と一緒に暮らしました(女性は嫁に行かず内縁の妻として子供を多くつくる事が労働力確保の為、良しとされた。)。その為、一家族には多い家で40から50人で構成されており、そのほとんどが過酷な農作業や養蚕、場合によっては煙硝生産など単なる労働力とみなされていたようです。明治時代に入り農作業や養蚕業が近代化すると次第に労働力が掛からなくなり、余った家族は男性は鉱山に女性は製糸工場などに働きだし徐々に大家族制度が崩壊し戦後は化学繊維の普及や輸入、人権の考え方により完全に無くなりました。合掌集落:写真白川郷の合掌造り民家は必然性が無くなった為新たに建てられる事が極端に少なくなり、逆に裕福者は次々と建て替え又、過疎化により無住の民家は朽ち果て、さらにダムの建設が重なり集落毎壊滅する事態となりました。その後も白川郷では集団移転や合掌民家の売却などが続きましたが、建築家ブルーノタウトが白川郷を絶賛するなど評価が高く、全国でも町並みの保存運動の機運が高いことなどを背景に昭和46年(1971)「売らない、貸さない、壊さない」の三原則を定め合掌造りの景観保護に積極的に行動しました。白川郷萩町集落は昭和51年(1976)に国の重要伝統的建造物群保存地区に指定され、平成7年(1995)に富山県の五箇山(南砺市相倉合掌集落、南砺市菅沼合掌集落)と共に「五箇山合掌造り集落」としてユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録、祖谷(徳島県三好市)、椎葉村(宮崎県東臼杵郡椎葉村 )と共に日本三大秘境に選定されています。

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