御嵩町: 愚渓寺

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概要・歴史・観光・見所
愚渓寺(御嵩町)概要: 大智山愚渓寺は岐阜県可児郡御嵩町中に境内を構えている臨済宗妙心寺派の寺院です。愚渓寺の創建は室町時代の応永年間(1394〜1428年)、細川勝元が瑞泉寺(愛知県犬山市)から義天玄承(玄詔)を招いて鈴が洞に一庵(愚渓庵)を設けたのが始まりと伝えられています。義天玄承は室町時代中期の臨済宗の高僧で土佐瑞巌寺、京都妙心寺、京都大徳寺の住持を歴任し、当寺では禅の世界を表現した石庭(臥竜)を作庭し禅の修行道場として位置付けを確立しています。一説には宝徳2年(1450)に同じく細川勝元が義天玄承を招いて京都竜安寺を開山している事から愚渓寺石庭が竜安寺石庭の原型になったとも云われています。

その後、愚渓寺は東美濃の名刹として寺運も隆盛し特に、美濃国守護代の斎藤利永が臨済宗関山派(妙心寺派、関山慧玄を始祖とする臨済宗の一派)を庇護しました。永正3年(1506)に美濃守護職土岐美濃守政房により現在の寺号である愚渓寺に改称、濃州可児郡愚渓庵禁制を発布し寺領内での狼藉や森林伐採、牛馬放牧、殺傷、博打などを禁止しています。江戸時代後期の天保年間(1830〜1844年)に現在地に移されると石庭も忠実に再現されました。

愚渓寺二重塔(多宝塔)は万延元年(1860)に美濃出身の野村杢頭作十郎国均が手懸けたもので2重2層、宝形、桟瓦葺、桁行3間、梁間3間。寺宝が多く愚渓寺2重塔(多宝塔)の他、明叙慶俊頂相、義政御教書、覚書(1巻)、寄進状(1巻)、土岐政房禁制外(1巻)、宝塚古墳が御嵩町指定文化財に指定されています。山号:大智山。宗派:臨済宗妙心寺派。本尊:聖観世音菩薩。

愚渓寺:写真

愚渓寺境内正面に設けられた石造寺号標と石燈篭
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愚渓寺山門と参道の石畳と石燈篭 愚渓寺本堂と中門 愚渓寺境内に設けられた鐘楼と梵鐘 愚渓寺参道の石畳と土塀
愚渓寺石庭(借景庭園) 愚渓寺庭園の植栽と庭石 愚渓寺二重塔(多宝塔)と石燈篭 愚渓寺二重塔(多宝塔)と心字池


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