垂井町: 南宮大社

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概要・歴史・観光・見所
南宮大社(垂井町)概要: 南宮大社は岐阜県不破郡垂井町宮代峯に鎮座している神社です。南宮大社の創建は神武天皇の即位の年に勧請されたのが始まりとされ、伝承によると神武天皇東征で、難敵だった長髄彦に苦戦を強いらていた際、金山彦命は霊験を持って金鵄を助けた事で見事勝利に導いた功により美濃国不破郡府中に祭られるようになったと伝えられています。当初は美濃国府に近い不破郡府中に鎮座し仲山金山彦神社と称していましたが崇神天皇の御代(紀元前97年〜紀元前29年)に美濃仲山麓にあたる現在地に遷座し、国府から南方に位置する事から南宮大社と称されるようになりました。

格式が高く「続日本後紀」によると承和3年(836)11月4日に従五位下、承和13年(846)5月8日に正五位下、「日本三代実録」によると貞観元年(859)1月27日に正三位、貞観6年(864)5月21日に従二位、貞観15年(873)4月5日に正二位に列格しています。延長5年(927)に編纂された延喜式神名帳には美濃国39座の内唯一の名神大社として記載され、美濃国で最高位だった事から美濃国一宮として国事の祭祀を司り、天慶2年(939)の天慶の乱の際には平将門の追討、康平2年(1059)の前九年の役の際には安部貞任の追討の祈祷、祈願が行われ、何れも勝利に導き見事念願成就した為、神意に感謝し康平5年(1062)には正一位勲一等を賜わっています。美濃国一宮として歴代領主からも庇護され、文亀元年(1501)の火災で焼失した際には当時の美濃守護職土岐政房により再建され、天正17年(1589)には豊臣秀吉から供田160石、社堪忍分200石が寄進されました。

慶長5年(1600)の関ヶ原の戦いでは境内が主戦場に近く、兵火により多くの堂宇が焼失一時荒廃しましたが、江戸時代に入ると徳川家が庇護し、慶長14年(1609)には徳川家康より社領405石が安堵され、寛永19年(1642)には3代将軍徳川家光により堂宇が再し境内を一新しています。延暦年間(782〜806年)、最澄が神宮寺を開山してから神仏習合の形態をとっていましたが明治時代初頭に発令された神仏分離令により仏式の堂宇が移設され(神宮寺から真禅院に寺号を改称)、神社として独立しています。明治3年(1871)に南宮神社として国幣中社に列し、大正14年(1925)に国幣大社に列し戦後になって南宮大社に社号を改称しています。主祭神の金山彦命は名称の「金山」に因み鉱山を司る神や荒金を採る神とされ、金山彦命を祭る神社としては南宮大社が一番格式が高い為、鉱山、金属業の総本宮として関係者から篤く信仰されています。主祭神:金山彦命。配神:彦火火出見命・見野命。

【 南宮大社の社殿 】-南宮大社の社殿の多くは江戸時代前期に3代将軍徳川家光が家臣である岡田将監を造営奉行として再建したもので石鳥居や石輪橋等を合わせて18棟(本殿・幣殿・拝殿・回廊(2棟)・勅使殿・高舞殿・楼門・神輿舎・神官廊・摂社樹下神社本殿・摂社高山神社本殿・摂社隼人神社本殿・摂社南大神神社本殿・摂社七王子神社本殿・輪橋・下向橋・石鳥居)が大変貴重な神社建築との評価を得て昭和41年(1966)に国指定重要文化財に指定されています(昭和46年:1971年に追加指定)。又、南宮大社の例祭である5月4日、5日に奉納される「御田植」、「蛇山」、「羯鼓踊」、「脱下の舞」、「竜子舞」の5つ神事芸能は、古式を伝える大変貴重な事から、名称「南宮神社の神事芸能」として昭和54年(1979)に国指定無形民俗文化財に指定されています。

【 南宮大社の社宝 】-南宮大社の社宝である、太刀(銘元真、鎌倉時代末期:長さ74.5cm)、太刀(銘吉則、室町時代初期:長さ72.7cm)、刀(銘兼元、室町時代末期:長さ73.1cm)、剣(銘無銘、伝天国、文亀3年:1503年:長さ63.6cm)、刀(銘濃州赤坂住正國、長さ74.8cm)、刀(銘濃州住正國、南宮法性大菩薩、長さ69.3cm)、刀(銘美濃国大野郡清水住岩捲市郎左衛門信貞造、寛永19年:1642年:長さ65.1cm)の刀剣7口が昭和49年(1974)に岐阜県指定重要文化財に指定されています。同じく南宮大社の社宝である紅糸中白威胴丸は室町時代後期に制作されたもので、総高51.5cm、胴板幅24.8cm、胴廻り101.0cm。漆塗本小札製、岐阜県最古の甲冑で保存状態も良い事から昭和52年(1977)に岐阜県指定重要文化財に指定されています。

南宮大社の文化財
本殿-寛永19年,入母屋,桧皮葺,桁行3間,梁間4間,向拝付-国指定重要文化財
幣殿-寛永19年,唐破風造,桧皮葺,妻入,桁行1間,梁間1間-国指定重要文化財
拝殿-寛永19年,入母屋,妻入,桧皮葺,正面軒唐破風付,桁行3間,梁間3間-重要文化財
回廊-右:寛永19年,唐破風造,銅板葺,桁行11間,梁間1間-国指定重要文化財
回廊-左:寛永19年,唐破風造,銅板葺,桁行11間,梁間1間-国指定重要文化財
勅使殿-寛永19年,入母屋,銅板葺,妻入,桁行7間,梁間5間-国指定重要文化財
高舞殿-寛永19年,宝形造,桧皮葺,桁行3間,梁間3間-国指定重要文化財
楼門-寛永19年,入母屋,桧皮葺,三間一戸,八脚楼門-国指定重要文化財
神輿舎-寛永19年,入母屋,本瓦葺,桁行正面7間,背面9間,梁間3間-重要文化財
神官廊-寛永19年,入母屋,本瓦葺,桁行9間,梁間3間-国指定重要文化財
摂社樹下神社本殿-寛永19年,入母屋,桧皮葺,桁行3間,梁間2間,向拝付-重要文化財
摂社高山神社本殿-寛永19年,入母屋,桧皮葺,桁行3間,梁間2間,向拝付-重要文化財
摂社隼人神社本殿-寛永19年,一間社流造,桧皮葺,木部朱塗-国指定重要文化財
摂社南大神神社本殿-寛永19年,一間社流造,桧皮葺,木部朱塗-国指定重要文化財
摂社七王子神社本殿-寛永19年,七間社流見世棚造,銅板葺-国指定重要文化財
輪橋-石造反橋,橋脚2基,擬宝珠高欄付-国指定重要文化財
下向橋-寛永19年,石造桁橋,橋脚二基,高欄付-国指定重要文化財
石鳥居-寛永19年,石造明神鳥居,花崗岩製,高さ7.1m,幅4.5m-国指定重要文化財
太刀-銘:三條,10世紀頃,長さ78.3cm,反り3.3cm-国指定重要文化財
太刀-銘:康光,応永5年美濃守護の土岐頼益が奉納-国指定重要文化財
鉾-無銘,大和千手院派の流れを汲む刀工作,2本-国指定重要文化財
南宮の神事芸能-毎年5月4・5日の祭礼時に奉納-国指定重要無形民俗文化財
太刀-銘:元真,鎌倉時代末期,長さ74.5cm-岐阜県指定重要文化財
太刀-銘:吉則,室町時代初期,長さ72.7cm-岐阜県指定重要文化財
太刀-銘:兼元,室町時代後期,長さ73.1cm-岐阜県指定重要文化財
剣-無銘伝天国,文亀3年,長さ63.6cm,藤原利隆重令奉納-岐阜県指定重要文化財
刀-銘:濃州赤坂住正國,室町時代,長さ74.8cm-岐阜県指定重要文化財
刀-銘:濃州住正國,長禄3年,長さ69.3cm-岐阜県指定重要文化財
刀-銘:美濃国大野郡清水住岩捲市郎左衛門信貞,寛永9年-県指定重要文化財
紅糸中白威胴丸-室町後期,総高51.5cm,胴廻り101.0cm-岐阜県指定重要文化財

南宮大社:写真

南宮大社境内に設けられた神門(神社山門:楼門)
[ 付近地図: 岐阜県垂井町 ]・[ 垂井町:歴史・観光・見所 ]
南宮大社石造神橋(石輪橋) 南宮大社神門(楼門)から見た境内 南宮大社境内中心にある高舞殿 南宮大社高舞殿と拝殿と回廊
南宮大社拝殿左斜め前方と回廊 南宮大社拝殿向拝回廊 南宮大社拝殿軒唐破風懸魚(鳳凰) 南宮大社回廊の柱と蟇股の彫刻
南宮大社本殿右斜め前方と幣殿 南宮大社勅使殿と北門 南宮大社神門右手にある神官廊 南宮大社神輿舎と祭器庫


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