垂井の泉概要: 垂井の泉は古くから知られた存在で「続日本紀」で見える天平12年(740)に聖武天皇が美濃巡幸で訪れた「曳常泉」がこの泉だったとされています。地名の由来になっただけでなく歌枕としても知られ藤原隆経や松尾芭蕉なども歌や句を残しています。江戸時代に中山道が開削され当地に宿場町である垂井宿が開宿すると、住民だけでなく旅人や運送業者なども喉を潤したとされ、社が構えられている事から神聖視されていた事が窺えます。
現在も大ケヤキの根本から滾々と清水が湧き出し、縦約2m、横約2mの玉石垣や石碑(垂井之泉)が整備されています。垂井の泉は貴重な事から昭和43年(1968)に岐阜県指定史跡に指定され、昭和61年(1986)に岐阜県名水50選に選定、大ケヤキ(推定樹齢約800年・樹高約20m・目通り約8.2m)は昭和31年(1956)岐阜県指定天然記念物に指定されています。
垂井の泉の歌・句
・ 「葱白く 洗いあげたる 寒さかな」−松尾芭蕉
・ 「昔見し たる井の水はかはらねど うつれる影ぞ 年をへにける」-藤原隆経
・ 「わが袖の雫にいかがくらべみむ まれに垂井の水のすくなさ」-藤原為相
垂井の泉:上空画像
|