養老町: 元正天皇行幸遺跡

  岐阜県:歴史・観光・見所養老町:観光・観光・スポット>元正天皇行幸遺跡

概要・歴史・観光・スポット

元正天皇行幸遺跡(養老町)概要: 霊亀3年(717)、元正天皇(第44代天皇:女帝・在位:霊亀元年715年〜養老8年724年)が行幸の際、この地を訪れ多度山の美泉を飲んだところ、たちまち病が癒えた為、「美泉は以て老を養うべし」として年号を養老と改めたと云われています。

美泉は菊水泉とも養老の滝とも云われ、旧跡には「ほととぎす なおも啼かなむ もとつ人 かけつつもとな 吾を哭し泣くも」の歌碑が建立されています。元正天皇行幸遺跡は昭和37年(1962)に岐阜県指定史跡に指定されています。

旧跡には多芸行宮神社が鎮座していましたが明治40年(1907)に養老神社に合祀されています。

元正天皇行幸遺跡:上空画像

【 参考:文献等 】
・ 現地案内板


元正天皇行幸遺跡:ストリートビュー

        スポンサーリンク

元正天皇行幸遺跡:写真

元正天皇行幸遺跡の境内正面に設けられた石造標
[ 付近地図: 岐阜県養老町 ]・[ 養老町:歴史・観光・見所 ]
元正天皇行幸遺跡に建立された遥拝所 元正天皇行幸遺跡歴史が感じられる石段 元正天皇行幸遺跡の御堂 元正天皇行幸遺跡に設けられた石碑


※ 相談や質問は大変失礼ですが、メールのみとさせていただきます。 回答によって不都合や不利益をこうむっても当サイトは一切責任を負いません。又、回答を直接的(当サイトの名前を使って)に交渉や請求の手段とすることはご遠慮くださるようお願い申し上げます。 予告なしに追加、書き替えを行いますのでご了承ください。尚、「岐阜県:歴史・観光・見所」は「岐阜県の歴史」、「郷土資料辞典−岐阜県」、「日本の城下町−東海」、「城郭と城下町−東海」、「東海道」、「パンフレット」、「案内板」、「関係HP」等を参考にさせていただいています。※プライバシーポリシーはこちらです。