養老寺

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概要・歴史・観光・見所
養老寺概要: 養老寺の創建は元正天皇の御代(715〜724年)、源丞内(養老の滝が酒に変わったと伝わる養老孝子伝説縁の人物)が開いたのが始まりと伝えられています。その後、法相宗修業地として寺運が隆盛し天平年間(729〜749年)には七堂伽藍が建ち並び多芸7坊の1つに数えられました。当時は養老町高林地区にありましたが永禄年間(1558〜1569年)の織田信長の兵火により焼失し、天正18年(1590)に当時の大垣城岐阜県大垣市)の城主、木村長門守政盛が現在地に小堂を再建し浄土真宗に改宗、慶長12年(1607)には当時の高須藩主徳永寿昌が境内を整備しています。現在も不老長寿の祈願寺として広く信仰を集め、境内には源丞内の墓が残されています。

養老寺の寺宝である木造十一面千手観音像は鎌倉時代初期に制作されたもので、像高92cm、寄木造、本臂2、脇手40臂、副臂2、大正3年(1914)に国指定重要文化財に指定されています。同じく養老寺の寺宝である剣は平安時代に制作されたもので、銘は不詳ですが栗田口久国とも云われ、現在は不動明王の御持剣、長さ19.9cm、元巾1.8cm、大正4年(1915)に国指定重要文化財に指定されています。同じく養老寺の寺宝である太刀は慶長5年(1600)に行われた関ヶ原の戦いで勝利した記念として徳川家康が養老寺に奉納したと伝わるもので、制作年:鎌倉時代、制作者:粟田口國光(伝:新藤五國光)、長さ73.2cm、反り1.3cm、大正4年(1915)に国指定重要文化財に指定されています。

同じく養老寺の寺宝である木造不動明王立像は伝承によると奈良時代の修験道の高僧として知られた泰澄大師が自ら彫刻したと伝わるもので(像の特徴からは平安時代後期作)、像高87.0cm、総高97cm、台座高13cm、檜材、寄木造、昭和51年(1976)に岐阜県指定重要文化財に指定されています。ムクは推定樹齢約450〜500年、樹高11.9m、幹周5.1m、根元6.3m、貴重な事から養老町指定天然記念物に指定されています。本堂は木造平屋建て、入母屋、桟瓦葺き、平入、正面1間向拝付き。不動堂は宝形造、桟瓦葺き、正面1間向拝付き。西美濃三十三霊場第25番札所。山号:滝寿山。宗派:浄土真宗真宗大谷派。本尊:十一面千手観世音菩薩。

養老寺の文化財
・ 木造十一面千手観音像−鎌倉時代初期−国指定重要文化財
・ 劒(伝天国作 不動明王持剣)−平安時代−国指定重要文化財
・ 太刀(伝栗田口国光作)−鎌倉時代−国指定重要文化財
・ 木造不動明王立像−平安時代後期−岐阜県指定重要文化財
・ 後水尾天皇宸翰懐紙−養老町指定文化財
・ 聖徳太子十万塔−養老町指定文化財
・ 谷木因選句集−養老町指定文化財
・ 養老寺庫裏−室町時代(伝:鎌倉時代)−養老町指定文化財
・ ムク−推定樹齢約450〜500年−養老町指定天然記念物

養老寺:写真

養老寺境内正面に設けられた石造寺号標
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養老寺本堂左側面と石燈篭 養老寺本堂左側に建立されている不動堂 養老寺境内に設けられている庫裏書院 養老寺鐘楼と梵鐘
養老寺不動堂に向かって左側に生えるムク 養老寺不動堂の左側にある宝物殿 養老寺境内に建立されている孝子源丞内の墓 養老寺境内に建立されている耕月庵の句碑


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