中津川市: 永昌寺

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概要・歴史・観光・見所
永昌寺(馬籠宿)概要: 西沢山永昌寺は岐阜県中津川市馬籠に境内を構えている臨済宗妙心寺派の寺院です。永昌寺の創建は永禄元年(1558)、島崎重綱が馬籠に移住した際、島崎家歴代の菩提寺として開かれたのが始まりと伝えられています(創建年は寛文5年:1665年とも)。島崎家は武家だった家柄で天正12年(1584)、木曽義昌の命で重通が馬籠城の城主となり、木曽氏が関東に移封になると当地に土着し江戸時代は馬籠宿の本陣職を歴任しました。後裔には明治時代から昭和初期にかけて詩人、小説家として活躍した島崎藤村を輩出しています。藤村が昭和18年(1943)に大磯の自宅で亡くなると、近所にあった地福寺に埋葬され、遺髪と遺爪の一部が永昌寺に納められ藤村の墓碑が建立されています。境内には妻と4人の子供の墓碑、藤村が建てたという父親の墓碑などがあり、小説「夜明け前」で登場する「万福寺」は永昌寺をモデルにしているとされ、藤村にとっても馴染み深いお寺だったと思われます。

永昌寺本堂の脇の観音堂に安置されている木造阿弥陀如来座像は平安時代末期(12世紀末)に製作されたもので桧材、一木造、像高58cm、元々は少し離れた小祠に安置されていましたが祠が荒れ果て世話をする人が居なくなった為、それを見かねた住民が明治初期に永昌寺に移したとされ昭和63年(1988)に中津川市指定文化財に指定されています。同じく観音堂に安置されている木造聖観音立像は江戸時代前期に円空上人が彫り込んだと伝えられるもので、一木造、像高53cm、昭和63年(1988)に中津川市指定文化財に指定されています。

永昌寺の寺宝である紙本墨書大般若経は建保3年(1215)に製作されたものを室町時代初期に写経されたもので全600巻の内、巻第410と巻第450の2巻が現存、「美濃州遠山庄馬籠村法明寺常住」と記載されている事から鎌倉時代初期には馬籠村が既に存在し法明寺が所有していたと推察できる、昭和63年(1988)に中津川市指定文化財に指定されています。永昌寺本堂は江戸時代後期の寛政年間(1789〜1801年)に再建されたもので木造平屋建て、入母屋、桟瓦葺、平入、桁行7間。山門は切妻、桟瓦葺き、一間一戸、四脚門。境内の建立されている青面金剛庚申塔は高さ68cm、幅35cm、平成5年(1993)に中津川市指定文化財に指定されています。山号:西沢山。宗派:臨済宗妙心寺派。本尊:釈迦如来。

永昌寺:写真

永昌寺
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