恵那市明智町: 八王子神社

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概要・歴史・観光・見所
八王子神社(恵那市明智町)概要: 八王子神社の創建は天暦3年(949)に天照大神の8人の王子(王子5人、王女3人:天之忍穂耳命、天穂日命、天津彦根命、活津彦根命、熊野久須昆命、田心姫命、湍津姫命、市寸島比売命)の分霊を勧請したのが始まりと伝えられています。以来、周辺地域の中心的な神社として信仰を広げ最盛期には明智・串原・高波・浅谷など2千石の社領を擁していたそうです。特に領主遠山家の氏神と庇護されていましたが天正2年(1574)、武田勝頼の侵攻で明知城は陥落、八王子神社も兵火により多くの社殿、社宝、記録などが焼失します。その後、領主が短期間で替り、慶長5年(1600)の関ヶ原の合戦で東軍に組した遠山利景が復権、慶長8年(1603)には八王子神社を再興させています。明治6年(1873)に郷社に列しています。

現在の八王子神社の社殿は延宝4年(1676)、4代遠山伊次が造営したもので本殿は三間社流造、銅板葺(元柿葺)、幣殿は両下造、桁行3間、梁間2間、拝殿は入母屋造、銅板葺(元柿葺)、桁行7間、梁間4間、本殿・幣殿・拝殿が一体的に構成されている権現造で、江戸時代初期の社殿建築の遺構として貴重な事から昭和50年(1975)に岐阜県指定文化財に指定されています。正面にある神門は建築年代が不詳ですが社殿と程同年代に建てられたと推定されるもので(明知城の城門を移築したとも)、向唐門形式、銅板葺、江戸時代前期に建てられた格式の高い門として岐阜県指定文化財に指定されています。

又、八王子神社の境内には明智光秀が建立したと伝えられる柿本人麻呂神社と光秀が手植えしたと伝わるカエデがあります。社殿に掲げられている絵馬は主に4代領主遠山伊次や5代領主遠山伊明、その家臣達が奉納したもので、その内、「遊鹿図」、「高砂図」、「神馬図」、「白鷹図」、「羅生門図」、「橋上合戦図」、「屋台見物図」の7面は大型で意匠に優れた貴重なものとして昭和49年(1974)に岐阜県指定文化財に指定されています。毎年10月上旬には例大祭が行われ明智太鼓はかるさん姿の娘が町内を練り歩き奉納され、恵那市指定無形民俗文化財に指定されています。

八王子神社:写真

八王子神社
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