加納天満宮

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概要・歴史・観光・見所
加納天満宮(岐阜市)概要: 加納天満宮の創建は文安2年(1445)、斎藤利永が沓井城(旧加納城)を築いた際、城の鎮守社として勧請したのが始まりと伝えられています(別説ではさらに105年前に勧請されたとも。)。沓井城は天文7年(1538)には既に廃城となり、中心は岐阜城(稲葉城)に移っていましたが天満宮は残され地元住民から守り続けられました。 慶長5年(1600)に行われた関が原の戦いの際岐阜城が大きな被害を受けた為、翌年岐阜城は廃城、再び沓井城跡地に加納城が築かれました。その際、天満宮が計画していた城内に鎮座していた為、現在地に遷座、以来、歴代藩主に崇敬庇護されました。古くから神仏習合してきましたが、明治時代初頭に発令された神仏分離令により仏式が廃され社号を天満神社に改めています。加納天満宮の山車は明治35年(1902)前後に立川流の宮大工が製作したもので総高498.5cm、屋根は唐破風、3層構造、随所に繊細な彫刻が施されている優れた山車なことから昭和59年(1984)に岐阜市指定重要有形民俗文化財に指定されています。現在の拝殿(舞殿)は文化7年(1810)に再建されたもので入母屋、桟瓦葺、正面唐破風、桁行5間、梁間3間、外壁は無く吹き放しで、内部欄間部には三十六歌仙・六歌仙の額が掲げられています。加納天満宮は明治24年(1891)の濃尾地震や太平洋戦争の戦火を受け多くの建物が被害を受けているなか江戸時代後期の社殿建築の遺構として貴重な存在です(9台あった山車も被災し現存は1台のみ)。祭神:菅原道真。社格:県社(大正13年:1924年)。例祭:10月第3土曜・日曜。

加納天満宮:写真

加納天満宮
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