善徳寺(加納宿)概要: 法性山善徳寺は岐阜県岐阜市加納柳町に境内を構えている浄土真宗本願寺派の寺院です。善徳寺の創建は平安時代末期の嘉応2年(1170)、高倉天皇の勅願寺として開かれたのが始まりとされます。嘉禎元年(1235)、親鸞聖人が常陸の国から京都へ帰郷する際、三河の柳堂で河野通勝が教化を受け、その時一緒だった門徒の1人が当時の住職で、同じく教化され浄土真宗に改宗したと思われます(康応元年:1389年に浄土宗に改宗したとも)。当初は美濃国厚見郡革手村(岐阜県岐阜市西川手)にあり法性坊と称していましたが、慶長7年(1602)に徳川家康の命により岐阜城が廃城となり、新たに加納城が築城、城下町も整備された元和元年(1615)に現在地に境内を移し、寛文13年(1673)に現在の寺号である善徳寺に改称しています。
現在の善徳寺本堂は昭和3年(1928)の火災で焼失後、昭和9年(1934)に再建されたもので木造平屋建て、入母屋、桟瓦葺、平入、正面向拝付き、桁行7間、外壁は真壁造白漆喰仕上げ。山門は切妻、桟瓦葺き、一間一戸、薬医門。当地は加納城の城下町であると同時に中山道の加納宿でもあり、境内近くには東番所が設置され宿場町内に入る人物や荷物を管理していた事から「東番所手前の寺」との愛称があったそうです。山号:法性山。宗派:浄土真宗本願寺派。本尊:阿弥陀如来。
善徳寺:上空画像
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