美濃市: 大矢田神社

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概要・歴史・観光・見所
大矢田神社(美濃市)概要: 大矢田神社は岐阜県美濃市大矢田に鎮座している神社です。大矢田神社(美濃市)の御旅所大矢田神社の創建は孝霊天皇の御代(紀元前290〜215年)、建速須佐之男命と天若日子命の分霊を勧請したのが始まりと伝えられています。養老2年(712)、泰澄大師(白山を開山した修験道の高僧)が大矢田神社を訪れ参篭すると霊地と悟り天王山禅定寺を開山すると七堂伽藍が整備され最盛期には7坊を擁し寺領7千石の大寺となりました。天平7年(735)には聖武天皇(第45代天皇・在位:神亀元年724年〜天平勝宝元年749年)の勅命により全国で流行っていた疫病の祈祷が行われ「下馬札」を賜り応永年間(1394〜1427年)には将軍家臣村上若狭守源氏重から篤く崇敬され大般若経(書写)などが寄進されています。

弘治2年(1556)の兵火により多くの社殿、堂宇が焼失し一時衰退しますが永禄2年(1559)から再興が始まり禅定寺は廃寺になったものの、極楽坊と当泉坊は再興を遂げ、随時、社殿、堂宇が再建されました。江戸時時代に入ると尾張藩(藩庁:名古屋城)から庇護され老中玉置市正の参拝や社紋に三ッ葉葵を掲げる事が許されています。明治時代初頭に発令された神仏分離令により仏式が廃され大矢田神社の境内にあった護摩堂をはじめ鐘楼、観音堂などの堂宇は破却、当泉坊は廃寺となり極楽坊の社僧は還俗し神官となり社号を大矢田神社に改称、明治6年(1873)には郷社に列しています。

現在の大矢田神社本殿は寛文12年(1672)に建てられたもので三間社流造、檜皮葺、正面屋根に千鳥破風、軒唐破風向拝付き、棟梁は曽根源右衛門(名古屋)、組物や精巧な彫刻など見所が多く平成元年(1988)に国指定重要文化財に指定されています。拝殿は寛文11年(1671)に建てられたもので切妻、妻入、檜皮葺、桁行3間、梁間3間、外壁が無く吹き放しで天井は格天井が施されています。江戸時代初期に建てられた神社拝殿建築の遺構として貴重な存在で妻入形式のものは美濃市内唯一と極めて珍しく本殿同様に国指定重要文化財に指定されています。

大矢田神社楼門(神社山門)は享保8年(1723)に建てられたもので三間一戸、桁行3間、張間2間、入母屋、檜皮葺、外壁は真壁造板張り、上層部高欄、花頭窓付、下層部左右には仁王像安置、棟梁は谷口五兵衛(京都)と広田平兵衛(美濃)、神仏分離令後、大矢田神社境内に唯一残された仏式建造物として貴重な存在で昭和44年(1969)に美濃市指定文化財に指定されています。祭神:建速須佐之男命、天若日子命。

大矢田神社の文化財
・ 大矢田神社本殿−寛文12年−国指定重要文化財
・ 大矢田神社拝殿−寛文11年−国指定重要文化財
・ 楓谷ヤマモミジ樹林(90.3a)−国指定天然記念物
・ 大矢田のヒソココ-国選択記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財
・ 釈迦十六善神図−室町時代−岐阜県指定重要文化財
・ 梵鐘(禅定寺)−明応3年−岐阜県指定重要文化財
・ 梵鐘(青柳社)−大永3年−岐阜県指定重要文化財
・ 大矢田神社楼門(旧仁王門)-享保8年-美濃市指定文化財
・ 阿弥陀如来坐像−室町時代−美濃市指定文化財
・ 弘法大師坐像−室町時代−美濃市指定文化財
・ 大般若写経−室町時代−美濃市指定文化財
・ 兜−室町時代−美濃市指定文化財

大矢田神社:写真

大矢田神社境内正面に設けられた楼門(旧仁王門)
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大矢田神社楼門に安置されている仁王像(吽形像) 大矢田神社石造常夜塔(天保6年9月) 大矢田神社境内と石灯篭 大矢田神社参道に設けられた神橋(石造太鼓橋)
大矢田神社参道の苔生した石段 大矢田神社の境内に築かれた石垣と流れ落ちる直毘の滝 大矢田神社境内に設けられた手水舎 大矢田神社石段と石垣とモミジ
大矢田神社拝殿左斜め前方と石造狛犬 大矢田神社拝殿右斜め前方と宝庫 大矢田神社本殿と中門と玉垣(板塀) 大矢田神社本殿アップ、軒唐破風向拝付き


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