飛騨市古川町: 林昌寺

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概要・歴史・観光・見所
林昌寺(飛騨市古川町)概要: 五峰山林昌寺は飛騨国司姉小路家の菩提寺として創建されました。当初は姉小路家の居城である小島城の城下(飛騨市古河町沼町)に境内を構え寺運も隆盛していましたが、戦国時代に姉小路家が没落すると衰微しました。天正17年(1589)、金森可重(豊臣秀吉の家臣金森長近の婿養子、増島城の城主)が実家である長尾家の菩提寺とする為に天翁秀梅を招いて現在地に林昌寺を移し再興しています。寛永5年(1628)、可重の父親である長屋景重が死去すると当寺に葬られ法名「林昌院殿」に因み寺号を林昌寺に改めています。寺宝である絹本著色金森可重画像は江戸初期に製作されたもので一般的な武将画像とは異なり平服姿でくつろいだ様子を描き、可重の愛用品を添える事で人柄を表現したもので平成4年(1992)に岐阜県指定重要文化財に指定されています。絹本著色天翁秀梅画像は桃山時代中期に製作した林昌寺を中興開山した天翁秀梅の頂相画で当時の金森家と天翁との関係がわかる歴史的資料としても価値が高い事から平成4年(1992)に岐阜県指定重要文化財に指定されています。その他にも金森家書簡や軍扇(金森頼直の愛用品)、墨跡の掛け軸(金森頼とき作)、革ばき(金森重頼が将軍家から賜った品)、望遠鏡(金森家縁)など数多くの金森家の遺品を所有し何れも飛騨市指定文化財に指定されています。山門は元和5年(1619)に発令された一国一城令により増島城が廃城になった際、城門の1つを移築したもので、切妻、銅板葺、一間一戸、薬医門形式、現在残されている数少ない増島城の遺構として貴重な事から昭和33年(1958)に飛騨市指定史跡に指定されています。本堂は天明年間(1781〜1789年)に再建されたもので入母屋、銅板葺、正面唐破風向拝付、内部には可重の父母の位牌が安置され、本堂背後の墓地には金森家の墓碑が建立されています。飛騨三十三観音霊場12番札所(札所本尊:九面観世音菩薩)。宗派:曹洞宗。本尊:釈迦牟尼佛。

林昌寺:写真

林昌寺
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