旧森川訓行家住宅(大湫宿)概要: 森川訓行家は中山道の宿場町である大湫宿(岐阜県瑞浪市大湫)の北側に位置しています。森川家は屋号「丸森」を掲げ、代々宿場の旅籠を生業とする一方で尾張藩の許可を得て塩問屋も兼任した家柄です。記録が無く詳細は不詳ですが、敷地間口も広く宿場の中では富裕層に属していたようで、大湫宿の本陣にも近く、一族と思われる森川善章家(屋号:森新)も広い屋敷を構えています。
現在の森川訓行家邸主屋は文政7年(1824)と文政9年(1826)の2回、大湫宿で大火があり、宿場内の殆どの建物が焼失した事から、その直後に再建されたと推定される建物で、木造2階建、切妻、桟瓦葺(下屋庇:桟瓦葺・煙り出し屋根:桟瓦葺)、平入、街道側の開口部には全て格子、建築面積185u、延床面積226.07u、敷地面積421.70u、外壁は大壁造り白漆喰仕上げ、大火直後の再建された事で、建物の両脇には防火延焼用の袖壁が設けられ、軒下部分にも漆喰で仕上げられ火事対策の工夫が見られます(1階の基礎部と側面は下見板張)。
1階の間取りは3室2列で、正面向かって左側から「通り土間」、「みせ」、「なかの間」、「座敷」が配され、2階も街道側のみに小さな室が配されています。森川訓行家邸は江戸時代後期の町屋建築の遺構として貴重で大湫宿の町並み景観に大きく寄与している事から平成18年(2006)に国登録有形文化財に登録されています。
大湫宿 旧森川訓行家住宅(丸森):上空画像
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