瑞浪市: 天猷寺

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概要・歴史・観光・見所
天猷寺(瑞浪市)概要: 龍吟山天猷寺は岐阜県瑞浪市釜戸町に境内天猷寺境内の聖域にある馬場家墓域を構えている臨済宗妙心寺派の寺院です。竜吟山天猷寺の旗本馬場家の菩提寺と知られています。馬場家は木曽義仲(木曽源氏、源頼朝、源義経の従兄弟)の後裔とされる木曽家の一門で馬場昌次は天正18年(1590)、徳川家康の関東移封に従い当主木曽義利と共に下総網戸に移封しましたが、まもなく木曽家が改易となった為、浪人となりました。慶長5年(1600)の関が原の戦いの際、再び徳川家に仕官し徳川秀忠に従い木曽方面の城の攻略に功があり釜戸(瑞浪市)、小名田(多治見市)、柿下(可児市)、茄子川(中津川市)など1千6百石が与えられました。昌次は釜戸に陣屋を設け元和2年(1616)には父親である馬場昌祐の菩提を弔う為に天猷寺を創建するなど領内を整備し、延宝8年(1680)には3代利尚が天猷寺の境内を現在地に移しています。馬場家はその後2千6百石に加増され(3代利尚の代で分地し2千石)交代寄合旗本として長崎奉行、本所奉行、京都町奉行、日光奉行、大阪御目付代、西丸留守居などの要職を歴任し11代にわたり当地を支配し明治維新を迎えています。

天猷寺は馬場家歴代の菩提寺として庇護され領内の中心的な寺院として寺運も隆盛し馬場家縁の品々を多数所有しています。詩経物産図譜は10代馬場克昌が製作した今で言う動植物図鑑で縦26.5cm、横18.7cm、和綴5巻(第1巻と第2巻は草本・第3巻は大木・第4巻は禽獣・第5巻は虫魚)で構成された貴重なものとして昭和57年(1982)に瑞浪市指定有形文化財に指定されています。

天猷寺の駕篭は代々の住職と馬場家のみ使用が許された格式の高いもので瑞浪市に残された駕篭の中でも材料や構造が上質で保存状態も良い事から昭和44年(1969)に瑞浪市指定有形文化財に指定されています。本堂背後にある馬場家墓域には2代利重(大機院殿)、3代利尚(凉泉院殿)、4代尚恒(潮音院殿)、5代尚真(浄名院殿)、6代尚繁(徳寿院殿)、7代尚式(耕雲院殿)、8代利光(養徳院殿)、9代昌平(曽渓院殿)の墓石が並び昭和36年(1959)に瑞浪市指定史跡に指定されています。

山門は天保6年(1835)、棟梁成橋財助が手掛けた建物で入母屋、桟瓦葺、三間一戸、四脚楼門、桁行4.5m、梁間3.6m、上層部が鐘撞堂、建材としてハナノキを使用している事から「ハナノキ門」の別称があります。天猷寺山門は日本唯一のハナノキ門で江戸時代後期の楼門建築の遺構として貴重な事から昭和30年(1955)瑞浪市指定文化財に指定されています。美濃瑞浪三十三霊場第3番札所(札所本尊:釈迦如来)。山号:龍吟山。宗派:臨済宗妙心寺派。本尊:聖観世音菩薩。

天猷寺:写真

天猷寺境内正面に設けられた山門(ハナノキ門:楼門)と石造寺号標
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天猷寺参道の石畳みと石仏 天猷寺本堂左斜め前方と石燈篭 天猷寺境内に設けられた鐘楼と梵鐘と石垣と土塀 天猷寺境内内部から見た山門(ハナノキ門:楼門)


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