関市: 日龍峰寺

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概要・歴史・観光・見所
日龍峰寺(関市)概要: 大日山日龍峰寺は岐阜県関市下之保に境内を構えています。日龍峰寺の創建は仁徳天皇の御代(313〜399年)、美濃国の豪族両面宿儺が悪行を働いた龍神を退治した際、その龍神の棲家だったこの地に祠を建立したのが始まりと伝えられています。天平年間(729〜749年)に奈良時代の名僧として知られる行基菩薩が自ら千手観音像を彫り込み安置すると寺院として境内を整備しています。鎌倉時代初期の承久年間(1219〜1222年)、各地で日照りが続き、北条政子(初代将軍源頼朝の正室)が雨乞いの祈願を日龍峰寺で行ったところ見事念願成就したことから堂宇を再建、現在残る多宝塔がその時のものと伝えられています。

応仁・文明の乱(1467〜1487年)の兵火により多宝塔以外の多くの堂宇が焼失し、その後再建されています。戦国時代には当時の領主佐藤秀方(織田信長の母衣衆)が祈願所として寺領6石が寄進され再興しましたが、嫡子である方政は慶長5年(1600)に関が原の戦いで西軍に与した事で改易となり、境内には一族の墓石が残されています。美濃三十三観音霊場第1番札所。中濃八十八ヶ所霊場第61番札所。山号:大日山。宗派:高野山真言宗。本尊:千手観世音菩薩。

日龍峰寺の多宝塔は鎌倉時代に建てられたもので、総高14.7m、二重宝形屋根、檜皮葺、桁行3間、張間3間、上層部下部は亀腹白漆喰仕上げ、内部は極彩色仕上げ、二重折上小組格天井、鎌倉時代に建てられた多宝塔建築の遺構として大変貴重な事から明治34年(1901)に国指定重要文化財に指定されています。本堂は寛文10年(1670)に再建されたもので入母屋、檜皮葺、桁行6間(15.5m)、梁間5間(12.61m)、岩上の傾斜地に建てられた懸造り(舞台造り)で京都の清水寺に似ていることから美濃清水とも呼ばれ、内部は正面2間分が外陣で柱のみの打ち放し、奥の3間分が内陣で両脇1間分が脇陣としています。

宮殿は戦国時代の天文3年(1534)に制作されたもので一間社、禅宗様宮殿、こけら葺き、極彩色仕上げ、正面両開き桟唐戸、本堂の内陣に設置され本尊が安置されています。籠堂は文化3年(1806)に建てられたもので、切妻、桟瓦葺き、桁行9間、張間4間、懸造り(舞台造り)、本堂に隣接し意匠的には簡素にまとめられています。日龍峰寺の本堂、宮殿、籠堂は江戸時代に建てられた寺院建築の遺構として貴重な事から平成10年(1998)に岐阜県指定文化財に指定されています。霊水宝篋印塔は鎌倉時代末期の元弘3年(1333)に建立されたもので、伝承によると源頼朝の分骨を埋葬したとも云われ、岐阜県指定文化財に指定されています。

日龍峰寺の文化財
・ 日龍峰寺多宝塔−鎌倉時代−国指定重要文化財
・ 日龍峰寺本堂−寛文10年−岐阜県指定重要文化財
・ 籠堂−江戸時代−岐阜県指定重要文化財
・ 宮殿−天文3年(1534)−岐阜県指定重要文化財
・ 宝篋印塔−岐阜県指定重要文化財
・ 千本桧−推定樹齢300年、樹高20m−関市指定天然記念物
・ 大日如来−室町時代−関市指定文化財(彫刻)
・ 不動明王−室町時代−関市指定文化財(彫刻)
・ 千手観音菩薩−室町時代−関市指定文化財(彫刻)
・ 毘沙門天(多聞天)−室町時代−関市指定文化財(彫刻)

日龍峰寺:写真

日龍峰寺
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