下呂市: 祖師野八幡宮

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概要・歴史・観光・見所
祖師野八幡宮(下呂市)概要: 祖師野八幡宮(下呂市)概要: 祖師野八幡宮は岐阜県下呂市金山町祖師野字茅野に鎮座しています。祖師野八幡宮の創建は治承5年(1181)、益田郡門原村の住人田口左近光員(飛騨4ヶ村と美濃16ヶ村の総代)が鶴岡八幡宮(神奈川県鎌倉市)の分霊を勧請したのが始まりと伝えられています。伝承によると遡る事20数年前、平治元年(1159)、平治の乱で平清盛に敗れた源義平(源氏頭領、源義朝の長男)がこの地に逃れ、源氏再興の機会を窺っていたところ、周辺に悪行を働く狒狒が現れ多くの住民が困り果てていました。村長が義平に狒狒退治を依頼したところ名刀・祖師野丸を用いて見事退治しました。その後、義平は平家打倒の為、京都に上りましたがあえなく戦死、義平の死を悲しんだ住民達は鶴岡八幡宮の分霊を勧請し社殿を建立すると形見となった祖師野丸を奉納したそうです。室町時代の応永20年(1413)に現在地に遷座すると大規模な社殿が整備され、その際、祖師野八幡宮は飛騨4ヶ村と美濃16ヶ村の総社となり、応永22年(1415)には政所遠藤但馬守が社領10石を寄進しています。その後は歴代領主となる東家や遠藤家が崇敬し社領の寄進や社殿の造営が行われています。祖師野八幡宮は古くから神仏習合していましたが、明治初頭に発令された神仏分離令により形式上は仏教色を廃し、明治6年(1873)に郷社に列し、明治41年(1908)に神饌幣帛料の供進神社に指定せれています。祭神:応神天皇。

現在の祖師野八幡宮本殿は元禄8年(1695)に再建されたと推定される建物で三間社流造、檜皮葺、1間向拝付。拝殿は桃山時代末期から江戸時代初期に建てられたと推定される建物で切妻、檜皮葺、桁行5間、梁間4間。幣殿は拝殿と同時に建てられた建物で切妻造、檜皮葺、桁行3間、梁間4間、一部古材が利用されています。祖師野八幡宮の本殿、幣殿、拝殿は桃山時代から江戸時代初期に建てられた神社建築の遺構として貴重な存在で昭和48年(1973)に岐阜県指定文化財に指定されています。

祖師野八幡宮の文化財
・ 祖師野八幡宮社殿−桃山〜江戸初期−岐阜県指定文化財
・ 木造狛犬(1対)−鎌倉時代−岐阜県指定文化財
・ 懸仏(阿弥陀如来)−南北朝時代−岐阜県指定文化財
・ 祖師野丸(太刀)−伝源義平愛刀−岐阜県指定文化財
・ 懸仏(弓掛白山神社)−永徳2年−岐阜県指定文化財
・ 写本大般若経と経箱・紙本墨書-文保〜天正-岐阜県指定文化財
・ 鰐口と引綱−宝暦12年−岐阜県指定有形民俗文化財
・ 神輿と旗鉾−安永元年−岐阜県指定有形民俗文化財
・ 宮太鼓−天和4年−岐阜県指定有形民俗文化財
・ 祖師野八幡宮社叢−岐阜県指定天然記念物
・ 十六善神軸−下呂市指定文化財
・ 十一面観音像−平安時代−下呂市指定文化財
・ 円空護法神像−下呂市指定文化財
・ 円空稲荷大明神像−下呂市指定文化財
・ 神像(弓掛白山神社:4体)−永徳2年−下呂市指定文化財
・ 神鏡(6面)−桃山時代−下呂市指定文化財
・ 大乗妙典(16巻)−明和8年−下呂市指定文化財
・ 棟札−下呂市指定文化財
・ 乗鞍と鎧−鎌倉時代−下呂市指定有形民俗文化財

祖師野八幡宮:写真

祖師野八幡宮
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