下呂市: 久津八幡宮

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概要・歴史・観光・見所
久津八幡宮(下呂市)概要: 久津八幡宮は岐阜県下呂市萩原町上呂に鎮座している神社です。久津八幡宮の創建は仁徳天皇65年(377)、難波子武振熊命が両面宿儺を征討の折、当地に派兵された難波根子武振熊命が応神天皇(八幡神)の分霊を勧請し戦勝祈願をしたのが始まりと伝えられています。久津八幡宮の由緒の真偽は不詳ですが、奈良時代に制作され六国史の一つである「日本書紀」の仁徳天皇65年条に、胴体が一つで2組の頭、手足を持った両面宿儺が朝廷から遣わされた和珥臣祖難波根子武振熊に退治された旨が記載されている事から、これに沿って作られたと思われます。

その後、平治元年(1159)に源義平(河内源氏の棟梁源義朝の長男)が鶴岡八幡宮の分霊(男山八幡宮の分霊とも)を合祀しています。現在、源義平が飛騨国と関わった明確な資料は見つかっていませんが、資料的な価値が微妙な「平家物語」によると戦に敗れた義平は飛騨国に落ち延び兵を募って再起を図った事が表現され、由緒もそれに則したものとされます。その由来が後の棟札にも記されている事から少なくとも室町時代には現在と同様な由緒が成立していたと思われます。又、同じ下呂市に鎮座する祖師野八幡宮の「祖師野丸」は源義平が祖師野の宮で若い娘を生贄にしていいた老ヒヒを退治した神剣と伝えられている事や、吉田(神岡)豪族左兵衛の2人の娘、八重菊と妹の八重牡丹を娶ったとの伝説、岐阜県大野市には朝日村の村長朝日助左衛門の娘「おみつ」を娶り子供を授かったとの伝説が残されています。これらの伝説から源義平と飛騨には密接な関係があったとの説があります。

久津八幡宮は古くから飛騨二ノ宮、南飛騨国総鎮守として広く信仰され、特に歴代飛騨国主や、高山城の城主金森家、高山陣屋の代官、郡代から崇敬され、社領の安堵や社殿の造営が行われました。久津八幡宮は古くから神仏習合していましたが明治時代の神仏分離令を経て県社に列しています(久津八幡宮が所有する書写大般若経や本地仏開扉に関する文書並びに関連資料など神仏習合時代の名残が感じられます。※神像も仏教色の強い意匠)。祭神:広旗八幡大神(応神天皇:第15代天皇)。相殿:天照皇大神、春日大神。

現在の久津八幡宮本殿は応永19年(1412)当時の飛騨国領主白井太郎俊國が再建したもので、三間社流造、こけら葺、飛騨の匠の流れで美濃国名匠武澤茂右衛門利久が手掛けた建物とされ、南妻蟇股に施された「鳴き鶯」は余りにも見事なことから、美しい鳴き声を出し石を投げると鳴くのを止めたという伝説が残っています。白井太郎俊國が飛騨国領主となっていますが、当時の飛騨国守護は京極高光だった事から、形式上は京極氏に従った萩原郷の代官職や土豪といった存在で、本殿の規模からいっても少なくとも大名並の勢力があったと思われます。寛政年間(1461〜1466年)に隣接する竹原郷の代官だった三木久頼が萩原郷に侵攻した際、白井氏の本流は没落したと見られ、俊國の弟の家系が久津氏を名乗り久津八幡宮の別当職や神官を歴任したとされます。

久津八幡宮拝殿は天正9年(1581)、当時の飛騨国領主三木自綱が再建したもので入母屋、柿葺、桁行7間、梁間5間、飛騨の匠桂川孫兵衛が手掛けた建物とされ、壁は吹き放し、素木造り。拝殿に施された「水を呼ぶ鯉」の彫刻は度々益田川の氾濫を導いた為、対面に「矢」の彫刻を施すと氾濫が起こらなくなったと伝えられています。久津八幡宮本殿と拝殿は室町時代に造営された社殿建築の遺構として大変貴重である事から軒札(拝殿:2枚・本殿:8枚)と共に国指定重要文化財に指定されています。

社宝である久津八幡宮祭礼記録18点が昭和42年(1967)に岐阜県指定有形民俗文化財に指定されている他、境内にある夫婦杉(推定樹齢1200年・幹回り12.5m:「もらい乳のこぶ」として信仰)が昭和3年(1928)に国指定天然記念物に指定されています。

久津八幡宮の文化財
・ 久津八幡宮本殿−応永19年−国指定重要文化財
・ 久津八幡宮拝殿−天正9年−国指定重要文化財
・ 夫婦杉−推定樹齢1200年−国指定天然記念物
・ 久津八幡宮祭礼記録(18点)−岐阜県指定有形民俗文化財
・ 書写大般若経−鎌倉末期正和元年:1312年書写−下呂市指定文化財
・ 本地仏開扉に関する文書並びに関連資料−下呂市指定有形民俗文化財
・ 狛犬−平安時代−下呂市指定文化財

久津八幡宮:写真

久津八幡宮
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