下呂市: 久津八幡宮

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概要・歴史・観光・見所
久津八幡宮(下呂市)概要: 久津八幡宮は岐阜県下呂市萩原町上呂に鎮座しています。久津八幡宮の創建は仁徳天皇65年(377)、難波子武振熊命が両面宿儺を征討の折、応神天皇の分霊を勧請し戦勝祈願をしたのが始まりと伝えられています。その後、平治元年(1159)に源義平(河内源氏の棟梁源義朝の長男)が鶴岡八幡宮の分霊(男山八幡宮の分霊とも)合祀しています。古くから飛騨二ノ宮、南飛騨国総鎮守として広く信仰され、特に歴代飛騨国主や、高山城の城主金森家、高山陣屋の代官、郡代から崇敬され、社領の安堵や社殿の造営が行われました。久津八幡宮は古くから神仏習合していましたが明治時代の神仏分離令を経て県社に列しています(久津八幡宮が所有する書写大般若経や本地仏開扉に関する文書並びに関連資料など神仏習合時代の名残が感じられます。※神像も仏教色の強い意匠)。祭神:広旗八幡大神(応神天皇:第15代天皇)。相殿:天照皇大神、春日大神。

現在の久津八幡宮本殿は応永19年(1412)当時の飛騨国領主白井太郎俊國が再建したもので、三間社流造、柿葺、飛騨の匠である名工武澤茂右衛門利久が手掛けた建物とされ、南妻蟇股に施された「鳴き鶯」は余りにも見事なことから、美しい鳴き声を出し石を投げると鳴くのを止めたという伝説が残っています。久津八幡宮拝殿は天正9年(1581)、当時の飛騨国領主三木自綱が再建したもので入母屋、柿葺、桁行7間、梁間5間、飛騨の匠桂川孫兵衛が手掛けた建物とされ、壁は吹き放し、素木造り。拝殿に施された「水を呼ぶ鯉」の彫刻は度々益田川の氾濫を導いた為、対面に「矢」の彫刻を施すと氾濫が起こらなくなったと伝えられています。久津八幡宮本殿と拝殿は室町時代に造営された社殿建築の遺構として大変貴重である事から軒札(拝殿:2枚・本殿:8枚)と共に国指定重要文化財に指定されています。社宝である久津八幡宮祭礼記録18点が昭和42年(1967)に岐阜県指定有形民俗文化財に指定されている他、境内にある夫婦杉(推定樹齢1200年・幹回り12.5m:「もらい乳のこぶ」として信仰)が昭和3年(1928)に国指定天然記念物に指定されています。

久津八幡宮の文化財
・ 久津八幡宮本殿−応永19年−国指定重要文化財
・ 久津八幡宮拝殿−天正9年−国指定重要文化財
・ 夫婦杉−推定樹齢1200年−国指定天然記念物
・ 久津八幡宮祭礼記録(18点)−岐阜県指定有形民俗文化財
・ 書写大般若経−鎌倉末期正和元年:1312年書写−下呂市指定文化財
・ 本地仏開扉に関する文書並びに関連資料−下呂市指定有形民俗文化財
・ 狛犬−平安時代−下呂市指定文化財

久津八幡宮:写真

久津八幡宮
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