岐阜市: 願成寺

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概要・歴史・観光・見所
願成寺(岐阜市)概要: 如意山願成寺は岐阜県岐阜市大洞に境内を構えている真言宗智山派の寺院です。願成寺の境内にある中将姫誓願桜願成寺の創建は壬申の乱(672年)で大功があった村国男依(美濃の豪族)が天武天皇より十―面観音の小像と仏舎利を賜わり、それらを安置する為堂宇を建立したのが始まりと伝えられています。当初は山間堂と称していましたが養老5年(721)、泰澄上人(白山を開山した修験道の高僧)が現在地に移し寺号を大洞山清水寺に改称、さらに聖武天皇の御代、霊夢に清水寺(願成寺)の十―面観音が立ち奈良の大仏を鋳造できる仏師を探し当てました。このことで聖武天皇の勅願寺となり「如意山願成寺」の勅号を賜わると行基菩薩(奈良時代の高僧)が七堂伽藍を建立し末寺12ヶ寺を擁する大寺となりました。その後も願成寺は歴代領主や為政者が庇護し、特に藤原頼俊や土岐政房などが堂宇の再建に尽力を尽くしています。永禄10年(1567)、織田信長が美濃侵攻による稲葉山城(岐阜城)攻略の兵火で焼失するも承応年中(1653年頃)に宥遍上人が再興し願成寺の中興の祖とされます。

願成寺境内にある中将姫誓願桜は、中将姫が継母からの迫害から逃れ各地を流浪し病に犯されながら願成寺に辿り着き、病気平癒祈願するとたちまち念願成就したことから感謝の意を込め1本の桜を植え根付いたものと伝えられています。中将姫誓願桜は推定樹齢1200年、樹高8.1m、幹周150cm、特に婦人病に御利益があると信仰の対象となり、昭和4年(1929)に国指定天然記念物に指定されています。

願成寺山門は切妻、桟瓦葺き、三間一戸、桁行3間、張間2間、八脚単層門、「如意山」の山号額、外壁は真壁造板張り、左右に鎌倉時代に制作され昭和31年(1956)岐阜県指定文化財に指定されている仁王像(二王尊:檜材、寄木造、彫眼、吽形像高280.0cm、阿形像高284.0cm)が安置されています。願成寺本堂は木造平屋建て、入母屋、桟瓦葺き、平入、桁行4間、張間3間、正面1間向拝付き、外壁は真壁造白漆喰仕上げ。美濃西国三十三観音霊場第16番札所(札所本尊:十一面観世音菩薩・御詠歌:願いなる 深き誓いに ひかれきて 仏の縁に 大洞の寺)。美濃四国八十八箇所霊場第19番札所。山号:如意山。宗派:真言宗智山派。本尊:十一面観世音菩薩。

願成寺の文化財
・ 中将姫誓願桜−国指定天然記念物
・ 十一面観世音菩薩立像-鎌倉初期-岐阜県指定重要文化財
・ 大日如来座像−鎌倉時代−岐阜県指定重要文化財
・ 阿弥陀如来座像−鎌倉時代初期−岐阜県指定重要文化財
・ 仁王尊像−鎌倉時代−岐阜県指定重要文化財
・ 鰐口−鎌倉時代−岐阜県指定重要文化財
・ 春日版大般若経−鎌倉時代−岐阜県指定重要文化財
・ 叡尊筆念誦次第ー鎌倉時代−岐阜県指定重要文化財
・ 絹本着色刀八毘沙門天画像-室町-岐阜県指定重要文化財
・ 不動明王立像−室町時代−岐阜市指定重要文化財
・ 弘法大師座像−室町時代−岐阜市指定重要文化財

願成寺:写真

願成寺境内正面に設けられた山門
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願成寺山門から見た参道 願成寺境内から見た本堂正面と石灯篭 願成寺本堂左斜め前方 願成寺の境内に建立されている鐘楼と梵鐘


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