飛騨市: 円城寺

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概要・歴史・観光・見所
円城寺(飛騨市)概要: 天照山円城寺は承久3年(1221)、江馬輝経が当地に赴任した際、殿村に一宇を設け持仏である聖観音を安置したのが始まりとされます。江馬家は桓武平氏経盛流で初代となった輝経は平経盛の子供とされ、経盛が元暦2年(1185)の壇ノ浦の戦いで源氏に破れ瀬戸内海に入水自殺すると北条時政によって育てられ地名から江馬氏と称しました。その後、北飛騨には地頭として赴任した説や時政の子の義時に追われて当地に逃れた説など諸説あり不詳ですが、戦国時代には国人領主として括弧たる地位があり、飛騨国の統一を目指し、三木氏や姉小路氏(飛騨国司)と争いました。円城寺は江馬氏の菩提寺だった事から領内の中心的な寺院として大きな影響力がありましたが天正10年(1582)、当時の当主江馬輝盛が姉小路氏(三木氏)に八日町の戦いで大敗すると大名家としては没落し、円城寺も庇護者を失い衰微しました。江馬氏を滅ぼし、飛騨国を統一した姉小路氏でしたが、豊臣秀吉の家臣金森長近の侵攻により滅ぼされ、その後跡を継いだ2代金森可重が天翁秀梅大和尚を召還して円城寺を再興し、慶安2年(1649)には金森頼母重直が姫田三郎右衛門に命じて、現在地(神岡町船津大門町)に境内を移しています。文化11年(1649)、明治28年(1898)、昭和4年(1929)に火災で焼失し現在の本堂は高山の保寿寺の本堂を移築したもので入母屋、銅板葺、平入、正面千鳥破風、1間軒唐破風向拝付。山門は入母屋、銅板葺、一間一戸、四脚楼門、花頭窓付、外壁は真壁造り白漆喰仕上げ。飛騨三十三観音霊場第16番札所(札所本尊:馬頭観世音菩薩・御詠歌:天照す 仏のめぐみ ありければ 松吹く風も みのりなるらむ)。宗派:曹洞宗。本尊:釈迦牟尼仏。

円城寺:写真

円城寺
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