照蓮寺(高山市)概要: 照蓮寺は岐阜県高山市堀端町に境内を構えている浄土真宗大谷派の寺院です。照蓮寺の創建は建長5年(1253)、嘉念坊善俊(後鳥羽上皇の子または孫)が開いたのが始まりと伝えられています。
当初は正蓮寺と称し飛騨国白川郷鳩ヶ谷にあり飛騨国の浄土真宗の中心的な寺院として大きな影響力を持ち、特に室町時代中期に入ると正蓮寺の僧だった教信が大名化し第9世明教(教信の弟)と共に広大な領地を有し、北陸地方の一向一揆とも協力関係を築き上げました。
長禄2年(1488)、白川郷周辺の領主で帰雲城城主内ヶ島為氏と対立し、全山焼き討ちにあい多くの堂宇が焼失し教信(三島将監)も戦死しています。永正元年(1504)10世明心が再興し寺号を照蓮寺に改称、内ヶ島為氏とも友好関係を構築し再び寺運が隆盛します。
天正16年(1588)、新たに飛騨国の領主になった金森長近は高山城の城下に移らせましたが、永正元年(1504)に建立された本堂をはじめ境内の堂宇は残され「照蓮寺掛所心行坊」として存続し、昭和36年(1961)に御母衣ダム建設で境内が水没することになり白川郷から現在地である高山城跡に移転されることになりました。
現在の照蓮寺本堂は永正元年(1504)に建立され飛騨国最古の真宗本堂建築の遺構で、木造平屋建て、入母屋、銅板葺(元とち葺)、平入、桁行7間、梁間9間、外壁は真壁造板張り、平面構成や工法、彫刻など古式を継承する大変貴重な事から昭和31年(1956)に国指定重要文化財に指定されています(昭和38年:1963年に附として棟札追加)。
照蓮寺中門は天正2年(1574)に造営されたもので、切妻、銅板葺き、一間一戸、四脚門形式、室町時代後期の寺院山門建築の遺構として貴重な事から昭和53年(1978)に岐阜県指定有形文化財に指定されています。宗派:浄土真宗大谷派。本尊:阿弥陀如来。
光耀山照蓮寺の文化財
・ 本堂 附棟札−永正元年−国指定重要文化財
・ 中門 附棟札−天正2年−岐阜県指定重要文化財
・ さな姫の墓−17世紀後半−高山市指定史跡
・ 梵鐘−建武元年−岐阜県指定重要文化財
高山市:神社・仏閣・再生リスト
照蓮寺:上空画像
|