高山市: 日枝神社

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概要・歴史・観光・見所
日枝神社(高山市)概要: 日枝神社は岐阜県高山市城山に鎮座している神社です。日枝神社の創建は平安時代後期の永治元年(1141)、当時の飛騨国司平時輔(三仏寺城城主)が神意により日吉大社(滋賀県大津市坂本)の分霊を勧請したのが始まりと伝えられています。伝承によると平時輔が三仏寺城の近くにある日片野山中で狩りを行っていると一匹の年老いた狼が出現し見事に射貫き仕留める事が出来ました。時輔が仕留めた狼に近寄るとその姿が無く、近くにあった大杉に矢が突き刺さっていました。この奇瑞から時輔は山の神である大山咋神が使徒である狼を助けたのだと悟り、自らの行為を恥ると同時に大山咋神を篤く信仰するようになり日枝神社を創建したと伝えられています。平安時代末期の養和元年(1181)、源義仲が当地に侵攻した事で三仏寺城は落城、日枝神社も兵火により多くの社殿が焼失し、当時の城主である平景家も、源平合戦の為に全国に転戦した為、庇護者不在となり衰微しました。その後、日枝神社は片野村杉ヶ平へ遷座し片野村の産土神として信仰されるようになりました。

慶長10年(1605)、高山藩初代藩主金森長近が高山城を築くと、金森家が近江(現在の滋賀県)出身だった事から、近江日吉大社の祭神を祭った当社を篤く信仰し、高山城の鎮守社として現在地に遷座し、以後、藩主金森家の崇敬社として庇護されます。元禄5年(1692)、高山藩6代藩主金森頼時が出羽国上山藩(現山形県上山市)に移封され高山城が廃城になった後も、代官や郡代などが高山陣屋の鎮守社、陣屋町の南半分(宮川以南)の氏神として庇護し、寛延元年(1748)には本殿(現富士神社社殿)を再建しています。当時は神仏習合し別当寺院として松樹院が祭祀を司り「山王権現宮」と呼ばれていましたが明治時代初頭に発令された神仏分離令により仏式が廃され明治2年(1869)に日枝神社に社号を改称し、明治以後は県社、戦後は金幣社に列しています。

毎年4月14・15日の日枝神社の例祭「山王祭」では10数基の華麗な屋台の練行列が行われ、全国有数の山車祭である事から日本三大山車祭や日本三大曳山祭に数えられ、名称「高山祭の屋台行事」として昭和54年(1979)に国指定無形民俗文化財に指定されています。又、日枝神社の由来となった大杉は推定樹齢1000年、樹高36m、幹周7m、昭和31年(1956)に岐阜県指定天然記念物に指定されています。祭神:大山咋神。

日枝神社の文化財
・ 山王祭(高山祭の屋台行事)−岐阜県指定無形民俗文化財
・ 神輿−文化13年−高山市指定有形民俗文化財
・ 算額−天明5年−高山市指定有形民俗文化財
・ 大スギ−推定樹齢1000年−岐阜県指定天然記念物
・ 日枝神社拝殿 附棟札−安永8年−高山市指定文化財
・ 富士社社殿(旧本殿) 附棟札−寛延元年−高山市指定文化財

日枝神社:写真

日枝神社
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