高山市: 千光寺

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概要・歴史・観光・見所
千光寺(高山市)概要: 袈裟山千光寺は岐阜県高山市丹生川町下保に境内を構えている高野山真言宗の寺院です。千光寺の創建は仁徳天皇の御代(313〜399年)、飛騨の豪族両面宿儺が開山したと伝えられています。又、一説には修験道の高僧で白山を開山した泰澄大師が袈裟山に白山神を勧請したとも云われています。その後、真如親王(嵯峨天皇皇子・弘法大師十大弟子)が開基となり千光寺に寺号を改称、高野山の末寺となります。以来、鎮護国家の道場として寺運が隆盛し、最盛期には19院坊を擁し、30ヶ寺の末寺を抱える大寺となりました。飛騨一宮水無神社の別当だったこともあり、位山にある一位(櫟)を御笏として朝廷に献上するのが慣わしで最古の記録では平治元年(1159)から見られます。

戦国時代の天文年間(1532〜1555年)に兵火により焼失し、天文15年(1546)に桜洞城の城主三木直頼により再興、しかし、永禄7年(1564)の武田氏の兵火により再び多くの堂宇が焼失し一時衰退すますが、その後高山城の城主となった金森長近が天正15年(1589)に再興しています。現在もその当時の堂宇が現存し多くの文化財を所有しています。又、貞享2年(1685)に円空が千光寺に滞在した事から境内には数多くの円空仏が安置されています。

千光寺境内に生える大杉は推定樹齢1200年、樹高約47m、幹周約12m、地上6m程のところまで5本の枝に分れている事から「五本スギ」の別称があり、名称「千光寺の五本スギ」として昭和4年(1929)に国指定天然記念物に指定されています。千光寺本堂は入母屋、銅板葺き、平入、桁行5間、正面1間向拝付き。本堂の天井絵は安土桃山時代に佐々成政の軍が当地に侵攻し敗北した際、家臣が牛丸邸で自刃、血に染まった床板に狩野深雪(狩野探幽の2男)が雲龍を描き「血天井」の別称があるもので昭和47年(1972)に岐阜県指定文化財に指定されています。飛騨三十三観音霊場第33番札所。山号:袈裟山。宗派:高野山真言宗。本尊:千手観世音菩薩。

千光寺の文化財(絵画)
・十六善神像・宝性如来像・竜の墨絵2幅対画・岸駒の竜・普賢延命菩薩像・阿弥陀如来三尊像・金剛 胎蔵 両界曼荼羅・大日大動明王観音菩薩・彩色七福神・寒山拾得達磨・虎の掛図・水墨画3幅1組・四羽鶴

千光寺の文化財(彫刻)
・清国渡来仏像・孔雀明王像

千光寺の文化財(工芸)
・経文木版板・香炉と香台・御室御所令旨・菊花御紋章両掛・鎧と兜・菊紋入駕籠・五鈷杵・錫杖と矢の根・古鏡四面と蓬莱鏡・舞羅戸

千光寺の文化財(書跡)
・千手観音陀羅尼・姉小路家綱和歌・藤原定家和歌・飛騨八景絵と文

千光寺の文化財(建物)
・庫裏・観音堂・宿儺堂・弁天堂・愛宕堂・鐘楼堂・十王堂

千光寺の文化財(史跡)
・四国八十八カ所霊場札所

千光寺:写真

千光寺境内から見る本堂正面
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千光寺境内正面に設けている山門(極楽門) 千光寺山門(極楽門)に安置されている仁王像(吽形像) 千光寺山門(極楽門)に安置されている仁王像(阿形像) 千光寺山門前に設けられてる十王堂
千光寺参道と両側の植栽 千光寺本堂左側面 千光寺本堂正面向拝アップ 千光寺境内に設けられた開山宿儺堂
千光寺庫裏正面右斜め前方 千光寺庫裏正面左斜め前方 千光寺境内西側の池に建立されている弁天堂 千光寺境内に設けられた鐘楼と梵鐘


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